つれづれのおと

ディアマイロックスター

ありがとう 山形県県民会館

2019年11月29・30日。
山形県県民会館、現やまぎんホール。そこで行われた最後の公演を見届けてきました。
演者はユニコーン
百が如くツアー後半、既に何公演か参加させていただいていましたが、この2日間はとにかく特別で、なんとも言えない雰囲気がありました。とてもあたたかくて、晴れやかで、胸がいっぱいになってしまって、いまだに余韻の中にいます。
とはいえ、メモ書きも形にしないと何が何だかわからなくなってしまうと思うので、そして今この胸に渦巻く感情も書き記しておきたい(ウザい)ので、なんとかかんとか文章にして吐き出してみました。
しかしレポというには今回普段に輪をかけてあまりにも記憶が曖昧なので(なんせ(´ё`)阿部B!呼びに気がつかなかったくらい)、その辺りはニュアンスでお読みください。
で、言うまでもなく、ネタバレです。


1日目は雪もちらついた山形市内。
ふだん冬期はビニールシートをかけているという噴水からこれでもかと水が湧き出ていて、その横には立ち見席を求める方々が長い列をつくっていて、会館の姿を写真に収めるお客さん達を地元のテレビカメラが追っている。もうそれだけで胸がぐっとつまって泣きそうになる。
会館の中に入るのは個人的にも実に5年ぶり。土門拳美術館の名前が刻まれている仏像のアップの写真が飾られていて、思わず心の中で手を合わせてしまう。壁に施された美術作品なんかはどうするのだろうとぼんやり思いつつ、古き良き、といった趣の真っ赤な椅子に腰かけて開演を待っていた。


程なくして場内が暗くなり、SEが流れてくる。
賛美歌のような、幾重にもなる歌声に合わせて、宇宙船を模した舞台セットから一つ一つ放たれる青い灯。それがなんだか、長い歴史を重ねて壁にできた隙間から、中で生まれた力による新しい光が漏れ出てきているように見えて、普段よりさらにぐっときてしまう。
SEの歌声に合わせて、メンバーが登場。あべどんさんは2日間とも、キーボードブースに入ると後ろにスタンバイしているヨッシーさんとハイタッチ(もしくは会話)を交わし、下手袖に向けて右腕を縦に挙げてみせる。2日目は民生さんも片手を挙げながら入場していたような。
あべどんさん、椅子に座ってスタンバイ。本格的に始まる「M&W」。
この演奏が素晴らしかった。素人なのでどこがどうとは言えないし、フィルターがかかっていると言われればそうかもしれない。でも、"消えない愛がここにある"と美しく歌い上げる声が、ここでの思い出ーー2日目のライブ前にラジオで話していらしたような、家族を含めた小さい頃からのそれが、あべどんさんだけでなくこの地で育ってきたたくさんの人のそれが、時が経ってもここにある、と言っているように聴こえて、涙が出た。
ふわりと鍵盤から手を離し、ブースを降りるあべどんさん。民生さんの静かな「ワン、ツー、スリー、フォー」が響くほどの静寂から始まる「すばらしい日々」。そして10年前にも、そしておそらく解散前にも演奏された「おかしな2人」で会場は既にヒートアップ。


ここでMC。
1日目は民生さんが、最後なんでね、思い出がいっぱいありますけども…噛み締めていきましょう、的な言葉を。そしてテッシーから順に紹介するんだけど、あべどんさんにはそちらを手で指して「そして!w…その辺から来た男!wあべどん!」と。
テッシーが被せ気味に「奥田民生!」と紹介すると「俺は広島から来た男w」とぼそり。
2日目は「そして!…ここ、山形県民会館を建てた男!」と紹介し、顔を見合わせて笑う阿部民。「すごいなあw」「生まれる前から建ててたんすねw」などと微笑ましいやりとり。「柿落としはできるけど、最後ってのはなかなかできない」とあべどんさんが話すと「そうですか?」と謎の自信?wをのぞかせる民生さん。なんだかそのやりとりが、友達っぽくて、そしてこの会館を昔から知ってる仲間のようで(その通りなんだけど)、とてもよかった。

わたしの席が上手寄りだったからかもしれないけど、「That's life」のコーラスがめちゃくちゃよく聴こえるえびさん。「Goodtimeバレンタイン」では1人上手花道に行きすぎて「自由か!w」とツッコまれるえびさん。
さらに「Lake Pracid Blue」では「山形生まれのお前に夢中さ ブラックアイズの〜」と替え歌したり、最後の「プレベー!」を連呼するところを「山形ー!」「サイコー!」と叫ぶえびさん。ご当地替え歌、今回はあんまり遭遇してなかったからなんだか嬉しかった。この3曲はもうえびさんコーナーだね…w

「7th Ave.」ではタンバリンを叩くあべどんさんを、「でんでん」では板さんを弾くあべどんさんを見つめてニコニコなかにさん。
特に板さんを奏でるとこは毎回毎回新鮮な感じというか、「すごいのう!板からかような音が!」みたいな反応をしてるようだったり、曲のシメも板さんの音に委ねようとしてたり、見てて微笑ましくなる。それに応えてあべどんさんもうなずいてたりするのもステキ。


そして服部メドレーの「ジゴロ」。
1日目はSEが終わったところでおもむろに「お〜らは〜ズ〜ゴロ〜」と山形弁?wで歌い上げる民生さん。わあ!昔阿部民がTV番組でやってたって話に聞く山形弁講座のやつや!と感動していたら、最後の「数知れず〜」のところは「おしどりミルクケーキ〜〜〜♪」と替え歌。わああそれもやってたってやつや!歌い上げたら、あべどんさんを振り返って両手指差しする民生さんw捧げたのか?w
2日目はSE始まる前からあべどんさんと顔を見合わせてアイコンタクトをとっていた民生さん。そうかと思えば舞台手前で「おらのふるさと山形の〜」と、おしどりミルクケーキのCMソングをフルで歌いあげる。「いろよす!あじよす!かおりよす!」って本当に言ってた!!w 途中からお客さんたちの手拍子と合唱も加わり、あべどんさんも後ろでニコーッと笑ってから歌っていて、最後は大拍手。
例えばサービスで入れ込むご当地ネタと違って、本当に地元のひと(そして、それを30年近く前に教わっていたひと)が、山形らしいものとして入れ込んでいるのが良かったなあと。そしてそれがちゃんと地元のお客さんに伝わって喜ばれてる感じがして、なんとも心温まる空間だった。ジゴロはかけらもなくなってたけどw


同じくメドレーの「人生は上々だ」。
1日目、下手側の花道に行くのに、えびさんを連れて行くあべどんさん。指差して「これえびちゃん!」と紹介wするが早いが、えびさんを1人残して客席に降りるあべどんさん、堂々と客席中央、横にのびる通路を通過。それを見ながら「今はスイスイ行くな…昔はあんなスムーズじゃなかったのに…」と解説のおくだたみおさんw
上手側の花道まで無事?到着したあべどんさん、反対側のえびさんに呼びかけ、「じゃーんけーんぽん!」とじゃんけんを始めるw戸惑いつつも素晴らしい反射神経で手を出したえびさんもあべどんさんもチョキ、もう一度やったらえびさんがチョキ、あべどんさんがグー。「やーい!!泣けぇ!w」とあべどんさんが囃し立てると、ちゃんと顔に手を当てて泣き真似してくれるえびさんw あべどんさん「なにこれ?w」さあ…?でも可愛いのは確かですw
そして確かここじゃなかったかと思うけど、「最後をできるということで…限りない喜びを…この胸のときめきを…あなたに…」と突然黒い方が降臨するあべどんさんw途中から民生さんも一緒に歌ってたw
それから、多分まだ発表されてない何かについてテッシーが何やら触れて、それに反応し「え?テッシー言ってみてくださいよ」と促すあべどんさん。「あべどんプレゼンツの、ありがとう山形県県民会館…」みたいに言うテッシー。ん?このライブは"ありがとう山形県県民会館プレゼンツ"じゃない??と思ってたら、「そうなんだ!ここは最後なんだ!」と話題を逸らす?あべどんさん。終演後に理解したけど、日テレプラスの番組のことだったのねw

そして2日目は、テッシーを上手花道まで連れてったと思ったら、指示して客席中央の通路を1往復させるあべどんさん。「誰のコーナー!?」とびっくりする民生さん、「あーおもしれっw」なあべどんさんwでも息も絶え絶えに舞台に戻ってきたテッシーに、すぐはしりつーするのではなく、息が切れてるよ?大丈夫?みたいに声をかけてあげてから曲に戻るのが、優しかったのでした。


「BLUES」は、特に2日目でかにさんがものすごい勢いで替え歌。「それがしも、山形県県民会館もやってこれました」とか、他にもたくさん山形を盛り込んで語りあげてた。字余りでリズム外れたとこで一瞬フリーズ?なさってたのもかわいかったw
抹茶アイス色(他に言い方はないのか)のフライングVをきゅいーんと鳴らすあべどんさんの向かいに座って真似っこエアギターするのもステキ。


「4EAE」からラストへ雪崩れ込む流れは、もう何度観ても圧巻。
「4EAE」はスクリーンの映像があべどんさんの手元から始まるのだけど、それに息を飲んだ。ピアノに置かれた指から静かなエネルギーがみなぎっているように見えたのだ。タッチに過剰な強さや激しさはなく、どこまでも滑らかにしなやかに美しい旋律を奏でているけれど、なぜだか演奏が始まる一呼吸前、指が鍵盤に置かれる瞬間からわかる。気持ちが入っている、そんな指先。アウトロに入るところから、かにさんが右手をゆっくりスーッと空へ向けて高々と挙げるのも、胸がぎゅっとなる。
そこからの「55」。素晴らしかった。正直なことを言うと、11月に入ったくらいから、ちょっと民生さんの喉の調子というか、お疲れなのかとか、とにかく小さいことに肝を冷やしがちなわたしはずっと心配だったのだけど、この2日間は調子を取り戻していたように聴こえてちょっとだけホッとした。シャウトも高音の伸びもとても良くて、グルーヴに身をまかせながら猛り狂うように弾くソロも戻ってきていて、わあ…!と思った。やっぱり、この2日間に向けての気合が入っていたのかしら、わからないけれど。
「半世紀少年」、1日目は大きな旗を演奏中のあべどんさんにひら〜っとかぶせていく(しかも『しあわせ〜♪』って歌うとこでw)民生さん。「チラーRhythm」のイントロでは両肘をわきわきさせてキーボードブースを見ながら下でダンスw 1日目は気づいたあべどんさんが演奏中なのに一瞬わきっと肘を動かしてあげてた。2日目は踊ってたらブース下のアンプ用マイクにぶつかっちゃって苦笑しながら位置を直すのだったw「やまがた〜〜〜!!!!!」のシャウトも凄くて、テンションめちゃくちゃ上がった。ちなみに「ちらちら〜」のところを「いもにか〜い」とかにさんが替え歌してたら、あべどんさんがニコニコしてたようなw


そして「Boys&Girls」。あべどんさんのシャウトでしゅぱーんと放たれ、キラキラと降ってくる分身。それもこれが最後なのだな、と思うと、こんなに綺麗なのに泣けてくる。曲終わりは「サンキュー山形愛してるぜー!!」そして「奥田民生ーー!」とシャウト。それに応えるように「あべどーーん!!」と本当にぴったり同じくらいの長さで(!)シャウトする民生さん。「テッシー!えび!川西幸一!」と紹介して曲が終わると、シームレスに「Feel so moon」「ZERO」へ。この流れが素晴らしくかっこいい。FSMのイントロの指揮、オーケストラ全体に向けてするそれのような両手の動かし方が優美。背面両手弾きもお手のもの?になってきたのかしら。ZEROのイントロもちょっとずつアレンジを加えていたりしてて、かっこよかった。


そしてアンコール。ライブの盛り上がりはもちろん、客席が1段しかないこともあるのか、手拍子が大きく響く。
2日目、ここでブースから降りて、民生さんに顔を近づけてほんの一言何かを伝えたあべどんさん。民生さんもそれだけですぐ了解した様子だったのが印象的。
と、その流れで民生さん用サイドテーブルに手を伸ばし、未開封だった水のボトルをおもむろに開けてごくっと飲むあべどんさん。「のっ…!?w」と一言発したまま、なすすべもなく(?)ブースに戻っていくあべどんさんを目で追う民生さん。おもしろいひとたちだなあ…w
ちなみにどこだったか忘れたけど、両日ともあべどんさんがおもむろにあの長い指でご自分の前髪をざあっ…とかきあげていて、それをなぜかへにゃっとしたお顔で見ていらしたりもなさっていた、なあw


アンコール、「HELLO」。
「到着、5分2秒前」という歌詞に合わせて、照準が合ったかのように、スーッと弧を描いていた白いライトがカチリと止まる。そしてバックに映し出され、今の演奏とシンクロする2009年からのユニコーンの映像。ツアー後半初日のかつしかで初めて観た時から涙が止まらないのだけど、この2日間は特に…勝手な話だけど、会場の内外でちらほらと耳にした「義っちゃん先生」や、ラジオで話されていたように合唱コンクールなんかで通い詰めていた音楽の先生にも、観ていただきたかった、いやきっと観ていてくれていると思うけれど、そう思ったら胸がぎゅーっと詰まってしまった。それでも走り続けてきた10年を、この会館で、この曲で、振り返ることができて、良かった。


演奏が終わり、すっと下手へはけるあべどんさん。残ったメンバーは上着を脱いで、ドンチャッチャ!ドンチャッチャ!のSEとともに手拍子。どうでもいいけどツアー前半からQueen要素が引き継がれてるの嬉しい、これだけでもw

1日目。いつものミツバチマイクを携えて出てきたあべどんさん、連れているふうせ…ペットの数がいつもより多いw「どんちゃんでーす!とうちゃんです!かあちゃんです!そしてお友達でーす!」と、いつものコーギー、茶色と黒の柴犬に加え、ダルメシアンと緑の恐竜を紹介。それに合わせて民生さんがタッチパッドで犬の声とゴジラみたいな声を出す。コーギーどんちゃんはなぜか紐が取れてしまい、えびさんが抱きかかえていたw
なんせ数が多いので、足元にまとわりつきまくるワンコたちをコラッ!!としていたらタイムアップw でもその前だったかに、「山形では(『よかった』を)『いがったー!』って言うんです!今日はどうでしたかー?」と客席に聞いてくれるあべどんさん。発音の良い\いがったー!!/の大合唱(?)が、とてもあたたかかったなあ。
いつもの通りどんちゃんたちを連れて先にはけるあべどんさん、ピックやらスティックやらを投げ込み退場するメンバー。えびさんはZEROで落っことしたリングライトを、ボーリングみたいに転がして客席に入れてた(曲中だったかもしれないけど…)。そして最後に立ち止まってこちらを振り返り胸をトントン、した手でチュッと投げキッスして去るかにさん。伊達男だ…。
で、ここでいつもなら客電がつくのに、フッ…と暗くなる会場。SEのハッタリに合わせて画面に流れてくるエンドロール、が、左端に寄って小さな文字になっている。
と、その右側に現れたのは、ルパンのジャケットを着て元気にカメラ目線を見せる、約30年前の"阿部B"さん。
歓声、絶叫、客席が混乱と熱狂の渦と化す中、映像はどんどん流れていく。解散前のツアー、阿部義晴40祭(の、楽屋であべどんさんとかにさん民生さんが握手してるところ)、勤労ツアー、Zツアー(航空隊衣装でアーティスト写真を撮影してた場面も)、イーガツアー。ここで行われた公演の映像が順々に流れ、最後には山形県県民会館の外観。そしてメンバーのロゴとともに現れる「ありがとう 山形県県民会館」の文字。
なんてことだ、と思った。なんて愛にあふれた映像なのか。今思い返しても、スマホをスクリーンに構えられる自分の冷静さが信じられないほど、しばらく震えが止まらなかった。とても言い方は悪いけれど、いち地方の小さな会館に、これだけたくさんの大切な"思い出"がある。その事実がなんとも言えず胸に迫ってきて、人目も憚らずわあわあ泣いてしまった。


そして2日目。
ドンチャッチャ!なリズムにのりながらも、下手袖の様子を伺いまくる民生さん。
しばらくしてあべどんさんは出てきた。そう、客席の一番後ろの扉から!
しーあわせ!しーあわせ!と恒例の掛け声とともに、ギラギラジャケットを着たしあわせ様が、花笠に盛られた紙吹雪を振りまきまくる。ていうかいつもより紙吹雪多くないかw
いつもの如く(と言いつつ、ここでしあわせ様を観るのは実に5年ぶりだ)、PA席にたどり着くあべどんさん。流れ出してしまったSE、なんとそれを自らフェーダーを下げて止める。民生さんが笑いながら「自分で止めた!!w」とお客さん全員の気持ちを代弁wしたところで、PA卓をお立ち台にして高々と片手を上げるあべどんさん。「今日は特別なんだ!」
そこでなんと「館長!!」と呼びかけ、PA席のすぐ下にいらした、県民会館の館長さんを呼ぶ。呼びかけに応えた館長さん、スーツのままあべどんさんとともにPA卓に立つ(その間ずっと、腰のベルトのあたりを掴んでいてあげているJメンさん)。そしてここでなぜか響き渡る\チャンチャン♪/のSE、「すいませんすいません!間違えましたすいません…」と平謝りする民生さんwどうやら別のSEを流そうとして間違えちゃった様子。珍しい。
「35年間頑張ってきたんだ!高橋さん!お疲れ様でした!!」掛け声とともに、客席の真ん中で、笑顔で喝采を浴びる館長さん。新聞とかの記事によると正確には館長でいたのは33年間らしくて、つまり服部がリリースされた頃から、すなわちあべどんさんがバンドに加入して山形で"凱旋公演"をやった頃から、何度もユニコーンをここで迎えていた(そして恐らく、数々のパフォーマンスを寛大に受け入れてくれたw)ということなのでしょうか。もちろん歳はメンバーよりも上ではあるし立場も違うけれど、同志というか戦友と呼んでも良いくらいなのかも…。PA卓の上で堂々とした笑顔を見せていた館長さんに、またぐっと胸が詰まった。
そして、言わば"裏方"の方々にこうしてスポットを当ててわたしたちに存在を知らしめてくれる、お礼や労い、そんな気持ちを向けさせてくれる舞台を、礼儀をもって、押し付けがましくなく、けれど晴れやかに、整えてくれる"しあわせ様"はやっぱりすごいな、と感服しきりだった。

館長さんが降りても、あべどんさんはPA卓に残り、話を続ける。昨日夢を見たんだ。俺は風船おじさんみたいに空を飛んでいて、福島の温泉に不時着した。メンバーとはなぜか無線で繋がっていて、すごくいい温泉だからおいでよ!予約するよ!という夢。もう死んでもいいと思った…と、そんなことを語る。本当の話なのかわからないけど、夢占い的には風船で飛ぶ夢は良い夢みたいなので(温泉に行く夢は疲れてる時に見るらしいけど、メンバーも呼んで皆一緒に癒されようとするところが、あべどんさんらしいなあ、なんて)、よかったなあ。まだまだ死んでほしくはないけれど、それほどしあわせな夢だったのかしら。
「今日はその夢を叶えるんだ!」みたいに言ったところで、というかその前からちょっと見えちゃってたけどw、客席後方からどんちゃん登場。浮いてる。風船をいくつも括り付けられて飛んでるw
ふわふわと宙に浮くどんちゃんの紐を持ちながら、しーあわせ!しーあわせ!と紙吹雪を振りまきまくり、舞台へ向かうあべどんさん。途中、やや浮力を失っているどんちゃんは下がってきちゃっていたのだけど、「どんちゃんに触るな!!」と警告しながら歩く。相変わらず、ご自身は後回しなのか…と、ほろり。
舞台下にたどり着きそうになったところで、スッとかにさんが奥から出てきて身を乗り出す。そのまま右手を差し出してあべどんさんの手を握り、片手でぐいーっと引っ張って舞台へ引き上げる。もちろん下から押してるスタッフさんもいたけど、王子様というか騎士のようでめちゃくちゃにかっこよかった。力が入って筋肉が盛り上がってた…。

無事(?)舞台へ戻ったあべどんさん、「みんなにも」と、新たな花笠を所望。下手袖から、紙吹雪がたくさん入った花笠が差し出され、メンバーそれぞれの頭に振りかけてあげる。スタッフにも!と、両袖の幕一枚一枚の裏にそれぞれ、そして「ここにもいるんだ」と(民生さんも『実はたくさんいるんだよね』みたいなことを言ってた)、キーボードブースやドラムセットの後ろにも、豆まきみたいにw振りまく。そのあまりの多さに笑ってしまう民生さん、「最後だから散らかしてもいいと思ってるだろ!w」。それを受けて、「いいよな館長!?」とあべどんさんが呼びかけると、さっきと同じPAの下の席から、手で大きな丸を作る館長さん。寛大!w
ひとしきり撒き終わったところで「俺にも」と、花笠を民生さんに手渡すあべどんさん。受け取った民生さんは、すこーしだけ頬をゆるませながらあべどんさんの頭に紙吹雪を振りかけ、最後には花笠を傾けて全ての"しあわせ"をざざーっと流したのだった。禊のようなお祓いのような、ともかく、他人に、周囲に、しあわせを振りまこうと頑張るひとには、こんな風によりたくさんのしあわせが降り注ぎますように、と願わずにはいられなかった。

最後だから、とメンバー一人一人に感想を求めるあべどんさん。
肩を組んでマイクを向けるとえびさんは「山形最高ですよ!」と。肩に腕を置かれてマイクを向けられたテッシーは「(いつも客席に降りている)あべどんの大変さが身にしみました」と。すかさず「身にしみてください」と返したのはえびさんwそういえば一番連れてかれてるのはえびさんだもんね。
テッシーにされたように肩に手を置かれたかにさんは、周りから茶々を入れられつつも「あべどんがいなかったら山形も地方の一つだったかもしれないけど、こうやって(会館の)最後に(ライブが)できた、第二のホームが出来た。それはあべどんがいたから」といったようなことをとうとうと語る。そのイケメンさ加減に、そしてその内容は自分にも思い当たることがあって、ぐっときた。だって、あべどんさんを、あべどんさんのいるユニコーンを好きにならなかったら、山形なんてきっと、足を踏み入れる機会すらなかったと思うもの。
最後に、正面からマイクを向けられた民生さん。照れ隠しなのかなんなのか、あの〜とか言いながら、相対したあべどんさんの二の腕を、持っていたスティックでペチペチ。そしてあべどんさんの連れている、ふわふわ浮かぶどんちゃんが目に入って、「ムフッw 」と笑って話し出せない。と、あべどんさんがわざと身体の前にどんちゃんの紐を持ってきて、余計に笑わせる。なんだか優しい。「…いい思い出ができましたよ」、しみじみ、といった体でこぼした言葉がまたなんだかじーんときてしまった。

最後に、舞台の真ん中で、「みんながしあわせになりますように!ユニコーン永く続けられますように!」とシャウトするあべどんさん。「山形県県民会館、終わりでーす!」とも叫んだそうな(なんとわたしに記憶がない)。
ここで改めてSEが鳴り、場内が暗くなる。メンバーを手招きし、スクリーンの前に座ってコロガシにもたれかかるあべどんさん。横に座ったかにさんが、床に落ちている紙吹雪を掬ってあべどんさんに撒きかけ、あべどんさんもやり返す。そうこうしているうちに、前日と同じ映像が流れて、食い入るように見つめるメンバー。途中でかにさんが、下手側で立って遠巻きに眺めている民生さんに気づき、Tシャツの袖を引っ張って真ん中のスペースに招き入れて座らせる。「ありがとう 山形県県民会館」の文字に大きな拍手がおき、メンバーもみんな晴れやかな顔で立ち上がった。
みんなと一緒にはけようとするあべどんさんを、優しく押し戻すかにさん。照れ笑いしながら、いつも最後にかにさんが立ち止まるあたり、舞台下手の端に一人立つあべどんさん。お客さんに向かって一礼。キュッと踵を返し、舞台に向かって一礼。その姿が、例えば卒業生代表として証書を受け取った生徒のような、きちんとした礼ーー形だけでなく、尊敬や感謝の念、万感の思いがこもったそれに見えて、直角になった姿勢に涙がこぼれてしまった。


しあわせ様が通ったところには、金銀、メタリックな青と赤、桜の花びらを模したものや千代紙を切ったもの、色とりどりの(そして、総じてやわらかな色合いの)しあわせのかけらがたくさん落ちていた。赤絨毯の敷かれた階段を一段一段登りながらそれを見ていると、まるで着実にいろいろなものを積み重ねてきたあべどんさんの足跡を見ているようで、またもや涙腺がゆるむ。「後で拾って持って帰ってくれ!」との言葉通り、会館を綺麗にする意味もこめてすべて拾って帰りたいくらいだったけど、手に握れる分だけいただいて、サクランボーのポーチに入れて持って帰った。


外に出るとたくさんの人が会館と記念写真を撮っていて、また涙が出た。こんなにもたくさんの人で賑わっているここが閉館になるなんてにわかには信じられなくて、笑顔でお客さんに挨拶する館長さんのお姿を遠くにみとめながら感傷に浸ってしまった。




ここからは更なる雑感。

1日目も2日目も、とても珍しいことに、わたしも会館の前で記念写真を撮ってもらった。昔から自分の写真を残すことはあまり好きではないのだけど、後からよく考えると、自分が"そこにいた"ことを残す術は、それくらいしかないから撮っていただけて本当によかった…そう思った自分にびっくりした。
思えばわたしが初めてユニコーンのワンマンを観たのがここ、山形県県民会館だった。
どうしてこんな遠くに、当時まだ慣れていなかった遠征をしてまで。それは紛れもなく、あべどんさんの出身地だったからだ。まだまだ浅い知識の中でも、彼が、彼らが、山形の地で行う公演を大事にしていること、それを知っていたからこそだ。
初めて参加できたワンマンはとても楽しくて、胸いっぱいで、そして終演後に混ぜていただいた打ち上げで食べた芋煮の美味しさが妙に鮮烈に記憶に残っている。それからも数度、ライブで山形を訪れる機会がいくつもできて、その度にライブ以外でもたくさん素敵な思い出ができた。街中でふと見かけた「山形産」の文字に惹かれて商品を手に取ることも、少なくなくなった。

2日目のライブ前、出演したラジオで、県民会館の思い出を聞かれたあべどんさん。そこで真っ先に挙げたのは、演者として自分が立った舞台のことではなく、お母様がよく行っていた、ということだった。曰く、音楽の先生をしていたので、学校行事でよく行く機会があった、と。もちろん僕もクラシックのコンサートに連れて行ってもらったこともあります、寝てましたがw、と。
以前ppで仰っていた、多分あべどんさんにとっての音楽の原体験とも言えるもの。眠ってしまったことを叱ったりせず、それは音が気持ち良かったということだから、と言葉をかけたお母様。それがおそらく、この山形県県民会館での出来事だったのだ。
幼少期にはそうやって客席にいたけれど(学校行事とかで登壇したかもしれないけど)、10代で後にした故郷のこの会館に、20代でバンドのメンバーとして戻ってきて、解散後のソロのコンサートも40歳の記念のライブもここで、そうして50代になった今、閉館前の最後の公演を、再始動させたバンドで行った。1人の音楽家の歴史や記憶が、これだけひとつの会館から生まれている。それってものすごくものすごいことだ。
もちろん、あべどんさんだけではなく、この地に生まれ育ってここを訪れた人の数だけ、そういう"思い出"はある。そしてそれだけでなく、わたしみたいに、山形県とは縁もゆかりもなかったはずの人間の思い出すらもーー言い方は悪いかもしれないけど、かにさんが言ったように、ただの地方の会館であるならば、わたしにもここまで思い入れはなかったはずだ。あべどんさんにゆかりがあるから、そしてあべどんさんが、ユニコーンが、その縁を、しあわせで楽しい音楽やライブを創ることで繋ぎ続けているからこそ、この地に焦がれ、足を運び、"思い出"と呼べるほど素晴らしい体験をさせてもらえて、山形という土地に思い入れができた。そんな人間が、きっとわたし以外にもたくさんいる。それも、すごくすごいことだ、と思う。
それを考えてのことなのかどうかはわからないけど、最後はユニコーンでしょう、そう言ってフィナーレを任せてくれた館長さん。それもご縁だなあと思うし、その思いに報いる公演になったのではないかしら。
1日目、会場を出るときに、キョードー東北のバッジを付けた方にもらったチラシ、「ABEDON from ユニコーン presents ありがとう山形県県民会館」。日テレプラスの特番で、最後にあべどんさんがスタンウェイのピアノで響かせる音がどんなものなのか。年明け、それを聴くのがとても楽しみです。


最後に、本当に蛇足。
上に書いた、ppでしていたお母様のお話。それはppのお客さんに、公演の途中で休んでもいいし寝てもいい、と言った時に、どうしてそうかというと、というところで出てきたものでした。
その思いというか考え方それ自体、そしてそれを幼い子供に対してもきちんと向き合って伝える姿勢に、わたしは心を震わされた。音楽は自由に楽しんでいいもの、それをわたしはユニコーンから教わったのですが、その根幹のひとつにはその言葉があったのかもしれないなあ、などと勝手に思った。
そしてきっと、あべどんさんの言葉や音楽を通じて、その思いはたくさんの人に伝わっている。深く深く根差したものから、ひらりと花びらが鼻先をかすめる程度と、差はあるかもしれないけど、それでも伝わっている。
そしてもしかしたら、それがさらに他の人たちや下の世代にも、少しずつでも伝わっていくかもしれない。肉体がなくなっても、建物が取り壊されても、寄せては返す波のように、思いだけは連綿と繋がっていくのかもしれない。
それって、"消えない愛"だなあ、なんて、思うのでした。
永遠なんてこの世にはないし、歌詞にも深い意味は込められてないかもしれない。けれど、そんなことを考えてしまうほど、心に残る思い出。わたしの中にまた一つそれを増やしてくれたことに、感謝しかないのです。
だからどうか、みんなの幸せを願うあのひとの願い事が、叶いますように。